茶の湯っぽいこと

実践派茶道の和敬静寂

そろそろ義士祭ですね

そろそろ義士祭ですね
山の上にある国泰寺で義士祭が毎年ありますが、
今年も12月14日にされるそうで、

上田流和風会「正会員」

の私の元にも案内が来ました。
行きたいなぁ。でも月曜ですよ。

平日になったり、遠くに住んでたりで
たぶん2回くらいしか行ったことないけど、
いい道具も出て、いい席なんですよね。

もちろん上田宗箇流上田宗冏お家元の
献茶も見逃せません。オススメ!
学生の時にお家元の献茶点前を拝見して
そのとき20年続けた流儀をあらためて
上田流に鞍替えしようって思って
しまったくらいなんですから。

  12月14日 10時半〜
  献茶式 と 法要 と 茶席
  広島市西区己斐上3−975−5 国泰寺
  082-271-3547

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里山宵祭で野点

里山宵祭で野点

私の住む村では一年のうちで、
一番大きな祭があります。
それが里山宵祭(さとやまよいまつり)っ!

村人の文化的、芸術的作品の展示や
舞台では芸能の披露、そして極めつけは
なんとたこ焼き、やきそば等の屋台が無料!

その傍らで野点をさせてもらいました。
点出とかはなしにして、一人で点てるように
したんですが、もちろんそれだけでは無理なんで
近所の人に運ぶお手伝いをお願いしたり、
台とか傘とか幕とかをお借りしたり、
いろんな人に助けてもらいながらの野点です。

「初めて抹茶を飲んだ」「何十年ぶり‥‥」と
おっしゃる方も多くいらっしゃいまして
もちろん今回の野点はそこが狙いでした。

ウンチクをしゃべりまくる人は放っといて、
抹茶を飲んだことがないような人にも
体験してもらおうという目的のために
無料で、しかも点出なしの全部点てを
わがままでやらせてもらいました。
これは大寄せ茶会へのアンチテーゼです。

60人分の菓子と抹茶も早々になくなり、
さて、どれだけ喜んでいただけたのかは
なんともわかりませんが、とりあえずは
無事に終えることが出来ました。


お隣のお嬢さんもいらして、
マーブルくん、ご満悦。
同じくらいの子供も結構いるみたいで
これからのおつきあいが楽しくなりそうです。

点前って、腰回りが疲れるんですね。
さすがに疲れました。

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青年部の朝茶

青年部の朝茶
家元で青年部の朝茶でした。

土曜の午後に準備して、
日曜は朝5時に集合して、
ご覧の通り、
掃除したりの準備です。
もちろん、
三次からそんなに朝早くは
まったく無理なんで、
親戚の家に泊めてもらいました。

夏は暑いから
日が昇りきる前に
茶事をやってしまえば気持ちいいよね、
と涼しい朝早くにするのを
「朝茶」と言う‥‥んだと思う。
うら覚えの説明で申し訳ないです。

家元を借りて使わせてもらい、
しかも師範代先生のご指導を賜りながら
粛々(?)と割り引くこともなく
進められます。

個人的にはいつもと趣向が変わり
久しぶりに客として
座らせてもらいました。


でも、客作法って
いつも酔っぱらうから
覚えられないんですよ。

まいっちゃうなぁ

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追悼の茶席で一服

Sn3k0080

昨年10月に亡くなった叔母を慕う友人たちが
京都からこんな田舎にまでいらしたので、
屋根の葺き替えをしたばかりの例の山小屋で
一服差し上げようと釜をかけました。

お茶を習っている方もいらっしゃらないので
本領発揮のお気楽な席になりました。

ただ道具だけは故人にちなんだものを出して、
一つ一つ説明していけば、笑いあり、涙あり。
私も準備している時から感慨深いものがありました。


Sn3k0081


お茶の作法を知っているより、
人としての作法をできていれば
茶席は成立する証となりました。

世界が平和になりますように。


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泥落とし やりました

泥落としは田植を慰労するお祭りです。
ちらし寿司やたこ焼きやかき氷なんかを
みんなで作って食べて、ビール飲みながら
わっはっはっと笑います。

最後に30人分の点茶しました。
菓子は三次町の吉浅まんじゅう。

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田植え茶会行ってきました。

田植え茶会行ってきました。
真面目に点前してるところを邪魔されてしまっている瞬間です。

なんてね。

暑いながらもみんなでがんばって、お客様にも喜んでもらえたような気もするんで、よかったんじゃないでしょうか。

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宗箇忌法要茶会の手伝いです

宗箇忌法要茶会の手伝いです
日曜日は前泊してましたので朝から張り切って手伝ってます。

毎年のことですが、遠いと疲れますね。

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ちょつと京都に来てみました

久しぶりの遠出になりますが、一年ぶりの京都です。流祖の法要にあたり、手伝いを務めさせていただいております。

私なんかはなにも責任のない持ち場にあたりますので気楽な旅行気分でホイホイやって来た感じですが、周りは熱心ですので邪魔にならないように体をちっちゃくしてうろちょろしてます。

今回の一番の仕事というのは、たぶんいい土産を買って帰ることになると思うのでいかにその時間を見つけるかになります。

今日は前日準備で掃除やセッティングなんかですぐ夕方になってしまいましたのでそれもなく明日に持ち越しのようです。大丈夫かな? 心配です。

成果や如何に?
乞う御期待。

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水屋棚の いきさつ

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伯母から戴いた水屋棚の上半分が
保管場所から届きましたので
先日完成した水屋棚の下半分に
よっこらしょっと合体させました。


だいたいは色も同じですし、
サイズもだいたいは同じですので
パッと見はそれなりの一体感を
醸し出すことに成功しました。

古いものをこうして
いつまでも使い続けるというのは
それなりにいいことだと思いますが、
具体的にどうかというところを
ちょっと考えてみました。

私が、と言うより
これは妻が戴いたものなんですが、
もともとは伯母ではなく、
その嫁ぎ先の義母の
嫁入り道具の一つとして
残っていたものを
伯母が譲り受け、
そしてまた、
妻が譲り受けたという
女三世代に渡る
悲喜こもごもの物語を含んだ
水屋棚なんでございます。

こうすると、
ただ、物をもらった
ということだけではなく、
使っていた人がこれまでに
注ぎ込んできた思いとか
願い、希望、夢‥‥
そういったものを
引き継いで、
日々使うものだからこそ
忘れないでいることが出来る、
生活の中に継続性をもたせる装置としての
受け継ぐということの象徴的な
物体であり、
言い換えれば

  こころをつなぐ 架け橋

として存在するもんなんだと思います。

そうすると、
古いものがむやみにいいということではなく、
そこにどんな思いが宿っているか、
ということが分かれ道に
なるんでしょうね。

古い茶道具が
どれだけ古いかということではなく、
どんな人が持ち
どんな物語を経て
どんな歴史を歩んできたかに
価値をおいて、
そこに値段がつくということは
こういうことを考えに入れてみると
分かりやすい‥‥でしょうか?


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かぐや姫を探してきました

敷地内に竹やぶがありますので、

竹取りの翁よろしく

竹を取りにいってきました。

柵を作るのもいいんですが

まずは、花瓶代わりに

竹花入れでも作ろうかと。

家が無駄に広いので

花でも飾らないと

間が持たないんです。


ついでに

どんな竹があるのか

調査も兼ねます。


0428
・うっそうと覆い茂る竹林

これならたくさん入るぞ、と

太めの竹を切って帰り、

えんやこら

切りそろえ、

花瓶代わりの尺八竹花入

‥‥のつもり。


ふと思いつき、

残った竹で

一重切竹花入を

作ってみようかしらと

ノコをふるいます。

思いつきなので

かなり適当ですが

それでも図録を見ながら

サイズや雰囲気を

合わせるようにして切り、

やはり私が習っているのは


上田宗箇流でございますので、


それらしいように

ナタで叩いたりしますが、

思ったようには削れず、

ナタを当てて

トンカチで叩く始末です。

流祖のあの花入って

ほんとにナタで削ったんでしょうか?


自分でやってみると

どうも疑わしいもんです。


0430_001
・とりあえず作ってみた一重切竹花入


え? 油抜き?

そういう難しいことは

自然に任せます。

とりあえず洗って

日陰でしばらく放置しておきます。

やれやれ、

どんな出来上がりになるでしょうか。

カビが生えるのだけは

勘弁してもらいたいです。

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